これからどうします?

修羅の国・福岡で生きる30代独身女。家計簿、投資、一人暮らし、遠距離恋愛。

「仕事には行けるけど、休みになると体が動かない」私がカウンセリングに行った話⑥

春山です。世間はすっかりお盆休みムードですね。うちの職場はカレンダー通りのお休みなので、この三連休で実家に帰っておりました。

今、心が完全に「今の職場から消え去りたい」になっております。「今はしんどいけど、ここを乗り切れば、明るい未来が待っている!」という希望もなければ、「私がこの状況を変えていくんだ!頑張るぞ!」というモチベーションもありません\(^o^)/
他人や環境は変えられない、だから自分が変わっていくしかない、というなら、自分が動いて環境を選びに行くという手もありなのでは、と思っています。辞める気が日に日に満ちていく!

のっけからヤケクソテンションですが、「仕事には行けるけど」シリーズ、第6弾です。ここで最終回になるはずが、もう少し続くことになりました。もうしばらくお付き合いください。
では続きからどうぞ。なお、登場する人名はすべて仮名です。

 

先輩から罵られた週末。ついにカウンセリングルームへ。

カウンセリングルームは、駅から少し歩いたビルの一室にあった。フロアのドアを開けて足を踏み入れると、奥から人が現れた。予約の時間と名前を伝えると、その人は落ち着いた調子で応えた。

「あ、春山さんですね。メールをお送りした山下です」

 

メールをくれたカウンセラーさん本人だった。水曜日にキャンセルの連絡を入れたとき、「辛くないですか?」と聞いてくれた方だ。慌てて、水曜日にドタキャンしてしまったことを謝った。カウンセラーさんは、大丈夫ですよ、と言いながら、相談室へ案内してくれた。

相談室はこじんまりとしていて、テーブルをはさむ形で椅子とソファが置いてあり、テーブルには筆記用具が備えてあった。極端にさっぱりしているわけでもなく、やたらめったら癒しをアピールするでもなく、適度に事務室感が漂っていて居心地がよかった。私はソファに座った。

「こちらを書いてお待ちください」と、山下さんはA4サイズの用紙を渡して、一旦部屋を出た。用紙の両面にはアンケートのようなものが印刷されていた。氏名や生年月日、勤務先、相談したい内容といった基本的なことから、睡眠時間などの生活状況、家族に関することなどを記入するようになっていた。
特に家族の欄は分厚い内容になっており、家族構成や同居・別居の別、それぞれの家族の性格、そして自分自身との関係についても聞かれていたと記憶している。特に家族関係に悩んでるわけではないので、家族構成と一人暮らしであることのみ記入したが、問題は無かったようだ。

10分ほど後、用箋ばさみを手に、山下さんが戻ってきた。途中まで記入した用紙を渡す。
「ここに来るまで少し迷いました」
「ああ、ちょっと分かりづらいですよね」
などと軽く言葉を交わした後、山下さんは「さて」と用紙に目を落とした。カウンセリングにあたって、今日の相談内容を伝えなければいけない。私は緊張していた。内容を簡単に用紙に記入してはいたが、正直、何をどうしたいのか、よく分からなくなっていた。

カウンセリングルームに電話がつながらなかったときに「助けて」と泣いたように、何らかの「救い」が欲しいとは思う。でも、それでは、相談内容としてあまりにも曖昧すぎる。「私を救ってください」なんて言われても、カウンセラーさんは困るだろう。ここは宗教施設ではないし、山下さんは神でも仏でも預言者でもグルでもない。何より「こいつヤバい」と思われそうで怖かった。私はこの期に及んでも、「頭のおかしい独りよがりのクズ女」と思われることを恐れていたのだ。せめて感情的にならないよう、冷静であろうと努めながら、今日の相談内容を伝えた。

「仕事には行けるけど、休みになると体が動きません」

「休みの日にやりたいことはたくさん思い浮かぶのに、いざ休日になったら何もできなくて、罪悪感を覚えます」

「職場に行ってしまえば何とかなりますが、家を出る前の気の重さがつらいです」

「もう、死んでも消えてもいいんじゃないか、と思いはじめてて、試しに死のうとしたけど、失敗しました」

「自分はどうすればいいんでしょうか?」

文章にすれば、そこそこまとまっているように見えるが、実際はかなり拙い伝え方だったと思う。そして、現在の職場の状況のことや、先日先輩にショックな一言を言われたことなど、メール送信以降に起こったことを話した。山下さんは、ときどきふんふんと頷いたり、こちらの話を聞き返したり、メモに何かを書いたりしていた。そして、首を捻りながら、さらりと言った。

「うーん、今のお話聞いてると、仕事の負担は、全て春山さんに行ってませんか?」

一瞬、自分の心がぐらつくのが分かった。それまで私は、「私だけが頑張ってる」なんて、絶対に思いたくなかった。でも、心の中には、明らかにそういう思いがあって、ぐちゃぐちゃと黒い塊のようなものが燃え続けていた。しかし、それを認めるのは、自分自身の「倫理」が許さなかった。認めたら自分の負けだと思っていた。その黒い塊に近いところを、掬い上げて目の前に見せられたような気がした。

「でも、みんなもそれぞれ頑張っているし、つらいのは私だけじゃないんですよ」
そう食い下がる私に、山下さんは続けた。

「いや、この環境で、よく4ヶ月も耐えてきましたね」

もう正直、この言葉だけで、救われた気がした。
外部の、第三者の、私と個人的な関係がない誰かに、私はこういうことを言ってほしかったんだと思った。そうでないと、私は安心できなかった。「あなたは辛いと思ってよい」と、遠い誰かに言ってほしかったのだ。

戸惑って、そうなんでしょうか…?などとアホな回答を返す私に、山下さんは「よく頑張りましたよ」と答えた。救われたことの安堵やら何やらが私の中で交じり合って、すみません、ありがとうございます、とまたもアホな返事をした。

そこからは、山下さんから質問があり、私が答え、というかたちでカウンセリングが進んでいった。非常にたどたどしく分かりにくい言葉だったのではないかと思うが、自分の考えや思いを、まったく遮られずに(これは本当に嬉しかった。普段の会話だと、自分を含めて、無意識に人の会話を遮ってしまうことが多いのかもしれない)少しずつでも話させてもらえたのがありがたかった。そのうえで、山下さんからいくつか提案をもらった。

 

↓「仕事には行けるけど」シリーズの他の話はこちら

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